potaon’s blog

教会PA考-キリスト教会で20年音響に係わってきて、いろいろ思うこと、次の世代に伝えていきたいこと。

PAシステムは必要悪

わたしはPAシステムというのは必要悪だと思っている。

ここでPAシステムとは、PA(伝達)を行うために使われるマイクやアンプ、スピーカーなどをまとめて1つのシステムとしたものと考えてほしい。

 

何故「悪」だと思うのか。それは、PAシステムを使うということは、イコール「語り手」と「聞き手」の間に「PAシステム」つまり、第三者による機器の操作が入ることを意味するからだ。そうすると、肉声の持つダイナミクス(声の強弱)や、肉声の持つ表情(音質)が変わってしまう可能性があるのだ。いや、変わってしまうことの方がかなり多いといってよい(しかも伝わりにくくなる方に)。誰かにメッセージを伝えたいとき、自分が考えていることの真意を理解してもらいたいとき、Face to Face で直接伝えた方が、伝わりやすい場合が多いのではないだろうか。「聞き手」の心に届く。そのことを第一に考えるならPAシステムなんてない方がよい。でも多くの人に伝えるためにはどうしても必要なシステムでもある。つまり「PAは必要悪」。わたしはそう考えている。

 

なぜPAシステムを使うとそうなってしまうかは別の回に譲るが、だからこそわたしは学び続けたいと思っている。「語り手」の声を「聞き手」の心にもっとよく届かせるにはどうしたらよいか。声とは、音とは何か、その伝わり方とは、機材の知識、その使い方、習熟度、etc...「語り手」の声をストレートに届けるために。その思いを伝えるために。